Atsushi EGAMI’s blog

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セビロの未来予想図 お台場仕立て

セビロの未来予想図

 


スーツのお台場仕立て

 


お台場とは

  幕末、黒船襲来に備え砲台を設置する為のお台場(人工島)が東京湾に数カ所作られました。有名なのは東京都港区に地名が残っていますが、実は横浜にも勝海舟が作った神奈川台場がかつてありました。残念ながら現在は周りを埋め立てられて公園になっています。

 しかし当時の横浜の地図を見ると陸地から台場までの道のりが、昔ながらの“スーツのお台場仕立て”に形がよく似ているよな、と多少のこじつけと地元への贔屓を自覚しつつそう思っています。

 


お台場仕立てとは

  さて、スーツのお台場仕立てですが、これはジャケットの内ポケットの周りを表生地で囲う形状のことです。名前の由来は諸説あります。お台場(人工島)に形が似ている、そのお台場にあった土塁や砲台に似ている、そこまでの道のりに似ている、などです。

 お台場仕立ての外観は大雑把に分けると二種類あります。

 一つ目は最近主流の剣先台場で、三角台場、ペン台場、ベース台場などメーカーによって呼び名も様々です。形状は継ぎ目がある切り台場になっており、1990年頃にはすでに比較的高額なイタリアのメーカーに多く採用されていました。最近では、イタリアン台場とも呼ばれています。

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  二つ目は本台場で、丸台場、R台場などとも呼ばれています。この昔ながらのお台場の形状は、継ぎ目がない一枚台場になっており、長所としては内ポケットに物を入れても型崩れしにくく、シルエットにおいては胸のボリュームを出しやすいのですが、反面短所は、硬い、重い、といったこともあり最近はあまり見かけなくなりました。特に夏場は、着ると多少蒸し暑くなることもあり敬遠されがちでした。

 


お台場仕立ての今までの歴史

 この昔ながらの本台場のルーツは、当然英国であろう?いや、実はナポリスタイルだ!いやいや、それはイタリアン台場のことだ‼︎と諸説入り乱れています。

 まあどちらにしてもサヴィルロウのテーラーの職人もイタリアのサルトリアで縫ってる職人も、多くはイタリア南部の出身者(主にシチリア人)だったはずです。つまりイタリア南部の職人が強く影響していることに間違いはなく、だとすればナポリスタイルと呼んでも差し支えないのでしょうか?

 しかしながらこの頃のナポリのサルトリアの顧客の多くの英国人だったはずです。そうなってくると地域のスタイルでは括りきれないのではないか。

 丁々発止のやり取りがありましたが、最近ではナポリスタイル説に傾きつつあります。ナポリのサルトは柔らかい生地を好みますが、そうすると仕立てるとき立体感を出すのにお台場仕立ては有効だったということかららしいのです。とどのつまりスーツのディテールの多くはナポリに源流があるということになります。

 


現在におけるお台場仕立ての必要性

  さきほど本台場の着る側の長所をいいましたが、実は作り手にもメリットがありました。それは裏地の取り替えが容易なことです。ただしこれは今となっては昔の話で、裏地が丈夫になった現在では取り替えることも皆無になりました。

  2000年頃、ミラノのサルトが作った最高級仕立てのスーツには、やはりお台場が付いていませんでした。サルト本人に話を聞くと、これがいいと思ってそうしているだけで、もちろん顧客からの要望があればお台場を付けることは可能だ。ただし軽量化とは逆行するけどね、とのことでした。特に厚手の生地を使うとき、お台場による重量超過は避けられない、ということもあったかもしれません。

 にもかかわらずこのディテール、近頃復活の兆しが見えてきました。それは機能性や実用性といったことではなく、本格仕様に見えるこだわりのデザイン、表生地を贅沢に使用した形、醸し出るワンランク上の高級感、などといった“装飾”としての意味合いからなのです。既製品の売り手にとっては原価の高騰を招くリスキーな一面もありますが、イージーオーダーの店舗では売れ筋のオプションになっています。

 そんなお台場にこだわるのはほとんど日本人だよ、という意見もありますがそれならそれで大いに結構なことだと思います。繰り返しになりますが、こだわるのがほとんど日本人なら、これを日本人の個性や着こなし、日本製スーツの特徴やスタイルに昇格させようではありませんか。

 江戸の町民は和服の裏地に絹を使用して見えないところで贅沢をしましたが、現代人もスーツの見頃にお台場を付けて粋を気取ろう!さらに言えば若干だが耐久性が増し長持ちする為、地球環境に優しいエコロジーも演出できます。個人的には冬物のジャケットに本台場を付ければ暖かさも少しばかりは増すだろうと思っています。

 


これからのお台場仕立ての存在意義

  現在のスーツには、今となっては実用性のないデザインが他にも数多く存在します。その中にあってお台場仕立てが“装飾”として残っているのは、突き詰めれば、背景に歴史があり、それに傾倒する服好きが、作り手と着る側の両方にいるということです。

 自己満足の世界で大いに結構ではないか。こういう人達がいるかぎり、こだわりのディテールとして生き続けることでしょう。

  ただし!念の為付け加えると、お台場仕立てに限らずこの類のディテールを、これ見よがしにするのだけはやめていただきたい。チラリズムだからカッコいいんです。

 まあ、それもチラ見せする機会があればの話なんですが。